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【道徳的ファーストコンタクト系SF】ガニメデの優しい巨人

ジャンル 

SF(1981年)

 

あらすじ

前作「星を継ぐもの」から三ヶ月後、木星探査を続ける宇宙船「ジュピター5」の前に、2500万年前に歴史から姿を消した巨人の異星人「ガニメアン」が突如現れる!

ガニメアンの誇る人工知能「ゾラック」の助けの中、人類と異星人のファーストコンタクトが行われ、主人公ハントとダンチェッカーのコンビもガニメアンと親交を深めていく。

母星ミネルヴァを離れて20年ちょっとしか経っていない(が、特殊相対性理論により現在に現れた)彼らにとって、地球で文明が発展したことは驚くべきことであった。ガニメアンは争いの無い世界に生きていて、地球は争いの絶えない「悪夢の惑星」であったからだ。

やがて、ガニメアンは地球にやってくる。大歓迎を受けるが、ガニメアンは地球に永住する道は選ばなかった。人類の祖先である「ルナリアン」が月に残した痕跡から、自分たちの出発後にガニメアンが移住した可能性のある「巨人たちの星」の存在が明らかになり、旅立つことを決意したのだ。

その決断の裏には、地球人に対するガニメアンの優しさと、贖罪の心があった。ガニメアンになぜ争いという概念が無いのか?またなぜこんなにも獰猛で争わずにはいられない地球人がなぜ生まれ、なぜ発展できたのか?全てのことには理由があったのだ。ハント達が謎を解き明かし、一つの真実が明らかとなったところで、ガニメアンが旅立って物語は終わりを告げる。

満足度

9/10点:前作「星を継ぐもの」に負けず劣らずの傑作。


なお、「星の継ぐもの」のレビューはこちら。

pop-culture-boy.hatenablog.jp


おすすめポイント

  1. ガニメアンの優しさ

    今作を読んでいる中で、最も印象に残るのはガニメアンの考え方である。

    例えば、人と人とで争ったり、誰かを傷つけることは良くないと誰もが思っているが、人類史とはすなわち争いの歴史でもある。その矛盾をガニメアンは「精神疾患」と表現する。こんなことは考えたこともなかったし、争いを良しとしないガニメアンの考え方は社会的で進んだものであると感じる。

    また、他のSFでは地球を侵略しようと勇み乗り込んでくるエイリアンが多い中で、ガニメアンは歓迎されてやってきた地球に対して永住を否定する。そこには人類にとってまるで親であるかのように、次の世代にバトンを渡すというガニメアンの考えがあった(理由は他にもあるのだが、それは読んでのお楽しみ)。これも、新大陸を見つける度に侵略を繰り返してきた人類の歴史と比べると、かなり進んだものである。

    このように、ガニメアンはとにかく「優しい」のである。
    ガニメアンのように生きたいと本気で思った。

  2. 過去のSFが現実になってきている実感
    キャラクターでいうと、今作で最も印象的なのは人工知能「ゾラック」であろう。
    翻訳もしてくれれば、科学的考察もしてくれれば、小気味良いジョークまで言ってくれる。それは正に、SiriやAlexaといった現代のAIスピーカーが実現しようとして
    いるものそのものである。
    「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」という言葉があるが、当時の作家が思い描いていた未来がすぐすぐそこまで来ている事に、ゾクゾクする。

  3. 爽快な読後感
    前作「星を継ぐもの」は次々と明らかになる事実とその考察を中心とした会話劇だったが、今作はガニメアンとの邂逅という一つの筋があるストーリーものとなっている。ただ、最後に全ての謎が一つにつながった時の気持ち良さは今作でも健在。

何を得たか?

前作「星を継ぐもの」のレビューでは「ビジネススクールで教材として使っても良いのではないか」と言ったが、今作「ガニメデの優しい巨人」は道徳の教科書としても良いのでは、と思った。流石に話が長すぎるかもしれないが(笑)

とはいえ、ガニメアンが言うように人と人とが争っても良いことはない。ガニメアンのように優しく生きたい、と本気で思った。今度から尊敬する人を聞かれたら、ガニメアンだと言おう。

次は?

いよいよ、次はガニメアンシリーズの最後「巨人たちの星」の感想を書きたいと思う。ガニメデの優しい巨人は次に繋がる終わり方をしたので、楽しみだ。